犬や猫を触っていたらしこりがあった。その皮膚のしこり、肥満細胞腫かも??

肥満細胞腫ってなに?

肥満細胞は、ヒスタミンをはじめとした複数の化学物質をたくさん含んでいる免疫細胞で、体の中のいたるところに存在しています。顕微鏡で見ると細胞自体が膨れて見えることから肥満細胞と呼ばれています。

この肥満細胞は炎症や免疫機構、アレルギーなどに関与していて、多くの人が苦しんでいる花粉症なども肥満細胞が大きく関わっているのでご存知の方もいらっしゃるかもしれません。その肥満細胞が“がん化”して増殖したものが肥満細胞腫とよばれる悪性腫瘍になります。

中高齢以降での発生が多いですが、4-6ヶ月齢といった若齢での発生も見られます。また、パグなどの犬種では多発性に腫瘍が認められることもあります。

症状

肥満細胞腫は元来が免疫細胞なので体のどこにでもできるのですが、特に皮膚や皮下組織に発生しやすい傾向があります。

肥満細胞はヒスタミンなどの炎症性物質をたくさん含んでいるため、大きくなったり小さくなったり、赤くなったり赤みが引いたりを繰り返すこともしばしばあります。ひどい場合にはヒスタミンの大量放出により胃潰瘍、下痢、嘔吐、全身性の血圧低下を引き起こすこともあります。

検査/診断

肥満細胞腫は多種多様な形態をとるので見た目だけでは判断がつきません。細胞診という細い針の検査をして“しこり”の中の細胞を採ってくると、多くの場合は特徴的な細胞が見られるので院内での診断が可能です。

細胞の中にたくさんある赤色の点が特徴的な所見です。

肥満細胞腫は基本的には悪性の腫瘍として対応することになるので他の部位への転移をしていないかなどを全身くまなく精査をしていく必要があります。転移を検査するにはリンパ節の細胞診、レントゲンや超音波での画像検査をして確認をしていきます。

病気のグレードと遺伝子変異

肥満細胞腫の中には1回の手術で根治してしまうものから、全身に転移を起こす悪性度の高いものまで様々なタイプのものがあります。

現在は低悪性度のものと高悪性度のものと2つのグレードに分けて治療方針や予後の判断をしていくことが主流となっています。この悪性度の判断は外科切除後の病理組織検査で判定されます。つまり悪性度の判定は手術をした後になります。

手術前の段階では腫瘤ができてからの期間や経過、大きさ、細胞診の所見などからおおまかな悪性度を予測して治療方針を決めていきます。また、肥満細胞腫の症例の一部ではがん増殖因子の受容体であるKIT蛋白が異常をきたすことで、腫瘍が過剰増殖をしていることがあります。

腫瘍細胞の遺伝子検査によって、KITタンパクの遺伝子(c-kit遺伝子)に変異があるかどうかを確認することができ、遺伝子変異が認められた場合には、分子標的薬での治療効果が期待できます。

治療

外科手術

基本的には外科的な切除、手術が適応となることが多い腫瘍になります。

肥満細胞腫は目に見えないレベルで周囲に拡散していることがあるため、腫瘤だけの切除ではなく、腫瘤から数センチ拡げた範囲で切除する必要があります。

手足の腫瘍など広い範囲で切除出来ない場合、皮膚移植(皮弁)術なども行います。

外科手術だけでは根治できない腫瘍の場合には術後に抗がん剤や放射線治療を検討します。

放射線治療

手術では取りきれなかった肥満細胞腫に対して根治的に放射線治療を実施することがあります。目に見えないレベルの肥満細胞腫に対してはこの治療で根治を目指せることが多くあります。

しかし、大きな塊状の肥満細胞腫では生き残ってしまう腫瘍細胞が存在することがあること、治療実施可能な施設が限られること、頻回の通院・麻酔が必要になることなどがデメリットになります。

内科療法

全身に転移している場合や病理組織検査で転移する可能性があると判断された場合などにはステロイド療法や抗がん剤治療、分子標的薬といった全身化学療法を行うことがあります。外科手術や放射線治療ほどの局所的な治療効果を望むことはできませんし、副反応が出ていないか注意深く投薬する必要があります。

分子標的薬とはがん細胞にのみ発現する分子をターゲットにした抗癌治療薬です。肥満細胞腫の場合はc-kit遺伝子と呼ばれる遺伝子異常が認められる場合にはこの薬で著効することが多いです。

しかし、検査した範囲で遺伝子異常が認められなくても、分子標的薬に反応することもしばしば経験します。また、分子標的薬に反応が認められても完全に腫瘍細胞をなくすことは難しく、腫瘍の再発が多く認められる点には注意が必要です。

犬と猫の違い

猫でも肥満細胞腫の発生はよくみられ、頭や耳に多く見られます。

犬の皮膚や皮下の肥満細胞腫は悪性腫瘍として扱い治療していく必要がありますが、猫での皮膚の肥満細胞腫は比較的良性であることがほとんどです。

しかし、肥満細胞腫の特性は犬と変わりなく、ヒスタミンを放出したりすることで痒みや消化器症状の原因となることがあるため、診断がついたら外科的な切除手術が必要になります。犬ほど広範囲な摘出は必要ないとされているため、わりと小さな手術跡で済むことが多いです。

しかし、肥満細胞腫がたくさん見られる場合や再発が繰り返される場合には、脾臓や肝臓などお腹の中の臓器が根本の腫瘍になっていることがあるため、全身の精査が必要になります。脾臓に肥満細胞の腫瘍細胞が見られた場合には脾臓の摘出手術で快復が見込めることもありますが良性とは言えず肝臓や消化管に転移をして全身症状が悪化することもあるので要注意となります。

皮膚にしこりを見つけたら、必要に応じて細胞の検査を受けるようにしましょう。良性と判断されれば安心ですし、悪性の可能性があるのであれば早期発見、早期治療をすれば完治できるものも多くあります。年齢によるイボかななどと自己判断はせずに病院を受診してください。

この記事を書いた人

南 智彦(獣医師 外科部長)
日本獣医がん学会、日本獣医麻酔外科学会に所属し外科部長として多くの手術症例を担当。犬猫からよく好かれ診察を楽しみにして来てくれることも多く、診察しながらずっとモフモフして癒してもらっていることも。見かけによらず大食漢でカップ焼きそばのペヤングが好き。1児の父であり猫と一緒に暮らしている。