あれ?犬がびっこ引いてる。ちょっと待って、それ前十字靭帯断裂じゃない?

前十字靭帯断裂とは

前十字靭帯は膝の関節内にある靭帯の1つで膝関節の過度な進展を防止し、太ももの骨(大腿骨)に対してすねの骨(脛骨)が「前方へずれること」と「捻れすぎてしまうこと」を制御しています。したがって、この靭帯が断裂してしまうと脛骨が前にずれ、膝の捻れが生じることによって膝関節の安定性が失われて、身体の体重をかけづらくなり痛みが生じます。前十字靭帯が完全に断裂してしまっている場合は症状が明確に出やすいですが、部分的な断裂が生じている段階ではなかなか症状に気づかず、長期的な経過をたどることも多く認められます。しかし、断裂した靱帯は自然に癒合、再生することはなく、膝関節の不安定性や関節内の炎症に伴って半月板の損傷を併発していることが多く認められます。

症状

靱帯の損傷程度や半月板損傷の有無によっても症状は変わりますが、何となく歩き方がおかしい、動き出しが鈍い、座った時に膝が曲がりきらないなどの軽度な症状から後肢を持ち上げて歩き体重をかけられないといった重度の症状までさまざまです。しかし、部分断裂の場合は症状が軽度で数日程度で痛みが緩和され、見かけ上は普通に歩けるようになることもあります。また、完全断裂の場合は約半数近くで半月板の損傷を伴っているという報告もあり、半月板の損傷はさらに強い炎症を引き起こし痛みが増強するようです。

原因 リスク因子

人での前十字靭帯の断裂は、スポーツ選手などは激しい運動によって断裂を引き起こすことが知られています。しかし、犬の場合は人と違い、加齢や構造的な異常などで靱帯が少しずつ弱ることで(変性性変化)部分的な損傷をきたしていて、散歩や階段を上る、ソファに飛び乗るなどの日常的な動作でのちょっとした力が加わることで靱帯の断裂を引き起こすことが多いと言われています。そのような継続的に負荷がかかる要因として体重過多、膝蓋骨内方脱臼、脛の骨の形状(脛骨高平部の角度)などが挙げられています。これらの要因から片側の前十字靭帯の断裂を引き起こした犬の約半数で反対側の前十字靭帯も数年以内に断裂してしまう可能性があると言われています。最近では免疫介在関節炎や糖尿病、副腎皮質機能亢進症などが基礎疾患として存在していて、靱帯の変性性変化を助長させている症例も増えているようです。

診断

前十字靭帯断裂の診断には、視診では歩き方や座り方などの確認、触診では膝関節の全体の腫れや膝内側の肥厚、関節の異常音の有無、可動性などの確認を行っていきます。触診上で最も重要なのは脛骨前方引出兆候(Cranial Drawer Sign)や脛骨圧迫試験(Tibial Compression Test)の評価で、膝関節の前後方向への動揺を確認し、過剰な膝関節の不安定性によって診断します。しかし、部分断裂や慢性的な経過をたどると触診での判断が悩ましいこともあり、レントゲン検査での関節周囲の骨や軟骨の評価、ファットパッドサインと呼ばれる関節液の増加所見なども合わせて診断を行う必要があります。確定的な診断には、実際の断裂の有無、損傷の程度の評価には麻酔下での関節鏡検査や手術時に直接視認して確認をすることが必要になりますが、近年では機器の性能の向上から超音波検査でも前十字靭帯の断裂が確認できるようになってきています。また、関節炎を引き起こすような他の疾患がないか関節液を採取して確認する細胞診検査も行います。

左が正常な膝関節X線写真、右が前十字靭帯が断裂した膝関節のX線写真です。分かりづらいかと思いますが、右の膝関節の方が下の骨(脛骨)が前方に出ていることが分かります。

治療 (外科治療)

靱帯が断裂したままにしておくと重度の関節炎や半月板の損傷を引き起こしてしまいますので、外科的な治療が第一選択に考えられます。外科的な治療法として現在では大きく2通り行われています。人工靱帯を関節の外に通して前十字靭帯の代わりに前方へのずれと捻れを抑制する方法(Flo法)と、大腿骨と脛骨の角度を調節する方法(TPLO、TTA)があります。また、半月板の損傷を引き起こしている場合には、その半月板を切り取る手術も同時に行っていきます。手術後はおおよそ2ヶ月で普段の運動が問題なくできる程度を目標として少しずつ運動制限からリハビリを実施していきます。

治療 (内科療法)

前十字靭帯断裂があっても、他の基礎疾患などが認められ、靭帯損傷の症状がそれほど重度でない場合には、手術ではなく保存療法を採用することも検討します。重度の心疾患や腎臓病などを患っているなどのシニアの子などでは麻酔のリスクを考慮し、外科治療を避けて、鎮痛剤の使用、運動制限、サプリメント、体重管理などで対応することもあります。また、近年では様々な体格や体重に合わせた膝用サポーターも入手できるようになり、そのような装具を使用することもあります。しかし、先述したように断裂した靱帯は自然と治癒することはなく、保存療法は根本的な解決にはならないため、関節炎を引き起こしていくことは否定できません。

この記事を書いた人

南 智彦(獣医師 外科部長)
日本獣医がん学会、日本獣医麻酔外科学会に所属し外科部長として多くの手術症例を担当。犬猫からよく好かれ診察を楽しみにして来てくれることも多く、診察しながらずっとモフモフして癒してもらっていることも。見かけによらず大食漢でカップ焼きそばのペヤングが好き。1児の父であり猫と一緒に暮らしている。