犬の腰が立たない、後肢を引きずっている!もしかして胸腰部椎間板ヘルニアかもしれません。
後ろ足を引きずっている、抱っこしたときにキャンと鳴くなどの様子が見られたことはありませんか?
このような様子が見られたときは椎間板ヘルニアなどの病気が疑われます。
椎間板ヘルニアは、発症すると上手く歩けなくなる、首や腰の痛み、後ろ足の麻痺などが見られます。背骨の色々な箇所で起こる可能性がありますが、今回は胸腰部の椎間板ヘルニアについて詳しく解説していきます。

海野(獣医師)
一人一人に寄り添った診療ができるようご家族様の話に耳を傾け、お気持ちを汲み取れるように心がけています。外科、救急医療分野の技術向上のため多くのセミナーを受講し、腕を磨いている。趣味はバイオリンと映画鑑賞。アクションやSFが好きでスターウォーズのダースモール推し。
椎間板ヘルニアとは
背骨は、椎骨と呼ばれる骨で構成されており、椎間板ヘルニアはその椎骨と椎骨の間にある軟骨(椎間板)が変形して脊髄(神経)を圧迫する病気です。
椎間板ヘルニアは、大きくHansenⅠ型とHansenⅡ型の2つに分類されます。
HansenⅠ型
髄核(椎間板の内側を構成している組織)が線維輪(椎間板の外側を構成している組織)から飛び出して脊髄(神経)を圧迫することで発症し、急性に発症することが多いです。
ミニチュアダックスフンド、ウェルシュコーギー、ペキニーズ、ビーグル、フレンチブルドッグなどの軟骨異栄養性犬種と呼ばれる犬種に多く認められます。
3〜7歳での発症が多く、胸腰椎(胸の背骨と腰の背骨の間)で多く見られます。
HansenⅡ型
線維輪の性質が変わり、脊髄を圧迫することで発症し、数か月から数年かけて進行していきます。すべての犬種で認められ、中高齢での発症が多く、腰仙部(腰と尾の背骨の間)で見られることが多いです。
基本的には命に関わることのない疾患ですが、椎間板ヘルニアに関連して脊髄軟化症と呼ばれる病気が発症してしまうと、治療法がないため短時間で死に至ります。
症状
椎間板ヘルニアによって起こる症状には以下のものがあります。
・腰を触ると嫌がる、痛がる
・背中を丸める
・ふらつく
・起立や歩行ができない
・排尿ができない、失禁をする
・後ろ足の麻痺 など
症状は脊髄の障害部位や程度によって様々で、症状の重さによって5段階に分類されます。
重症度(グレード)
グレード1:麻痺はなく背中の痛みだけが見られる
グレード2:4本の足で歩くことはできるが、後ろ足の足先がひっくり返る
グレード3:4本の足で歩くことができずに、後ろ足を引きずって歩く。
グレード4:後ろ足が完全に動かなくなり、後ろ足の皮膚に痛みを感じない。この時点で排尿障害が出てくることもあり。
グレード5:グレード4がさらに進行し、後ろ足に完全に痛みを感じなくなる。自力での排尿が困難になる。
診断
椎間板ヘルニアの診断には、問診、身体検査、神経学的検査、レントゲン検査、CT/MRI検査を行います。
問診
ご家族に話を聞いて背中の痛みがありそうか、急に発症したか、進行しているかどうかなどを確認します。
身体検査
実際に歩いているところを確認し、歩き方や麻痺がないかどうかを確認します。また、触診をして背中に痛みがないかを確認します
神経学的検査
反射や痛覚があるかどうかを評価します。反射がどの位置でなくなるか、麻痺しているのがどの足かによっておおよその病変部位を推測します。
レントゲン検査
椎間板ヘルニアの確定診断はできませんが、背骨の骨折や脱臼、腫瘍がないかどうかを確認します。
CT/MRI検査
CTの場合は造影剤を用いることが多いですが、CTだけでは診断ができない場合もあります。MRI検査であれば椎間板ヘルニアを確定診断することが可能であり、そのほかの病気を見つけることもできます。
椎間板ヘルニアと似た症状を示す病気として脊髄周囲の椎間板や骨に炎症が起きる椎間板脊椎炎、背骨が折れてしまう椎体骨折、腫瘍、脊髄を包む髄膜に炎症が起きる髄膜炎、血栓ができて血管が閉塞してしまう大動脈塞栓症などが挙げられます。
これらの病気を判別するためにも上記の検査が必要です。
治療
椎間板ヘルニアの治療は、大きく内科的治療と外科的治療に分けられます。
内科的治療は主にグレード1または2の軽症例において選択されます。外科的治療はグレード3〜5の症例において選択されますが、動物の状態やご家族の意向によっては内科的治療を選択する可能性があります。
内科的治療
主にケージレスト(安静)と投薬を行います。
ケージに数週間動物を入れて、激しい運動を制限することで損傷した脊髄(神経)が修復するのを待ち、椎間板物質がさらに飛び出るのを防ぎます。同時にコルセットを用いることもあります。
また、椎間板ヘルニアは背中に痛みが出ることがあるため鎮痛剤などを使用することがありますが、鎮痛剤の使用により動物が活動的になり、状態が悪化してしまうことがあるためケージレストも継続して行うことが多いです。
自分で排泄ができなくなっているような重症例を内科的に管理する場合は、カテーテルにより膀胱から尿を抜く、もしくは毎日ご自宅で膀胱を圧迫してもらい排尿させてもらうこともあります。また、後ろ足が完全に麻痺して動けなくなっている場合は、褥瘡防止のために数時間ごとに体の向きを変えてもらう必要もあります。
外科的治療
脊髄(神経)を圧迫している物質を取り除くことで、根本的に治すことが可能です。
しかし重症例では外科治療に反応せず、症状の改善が見られない場合もあるため、獣医師と十分に相談して決定する必要があります。
その他
手術ができない場合や、投薬以外にできることがない場合に再生医療や鍼炙治療といった選択肢もあります。
リハビリテーション
リハビリは、外科手術を行った後から開始するのが望ましいです。
術後の炎症を抑えるために患部を冷やすことから始め、神経機能や運動機能の回復のために刺激を与えたり、関節を動かしたりする運動を行います。そのほかにも、動物の状態によってその都度適切なリハビリを実施していきます。
当院でもリハビリを実施しています。詳しくはこちらをご覧ください。
予防
遺伝的な要因が関係していることもあるため絶対的な予防法はありません。
しかし、段差の上り下りを控えたり、肥満にならないよう適切な体重管理、腰を宙に浮かせるような縦向きの抱っこを避けたりすることで、発症の原因を減らすことはできます。
椎間板ヘルニアは、発症してから放っておくと症状が進行したり、手術が難しくなったりすることもあります。腰を痛がる様子などが見られたら早めに動物病院を受診しましょう。